建築設計には、機能性や安全性の追求だけでなく、
美しいデザインや環境考慮、
地域文化や歴史の尊重など、
さまざまな視点が求められます。
学生たちの自主性や自由な発想を伸ばしながら、
多様な価値観でたくさんの答えを導き出せる力を育てる
建築学部 建築学科の武藤先生に、
研究室での取り組みについて伺いました。
「建築には正解がない。だからこそ奥が深いし、おもしろい。決して工学的なアプローチを否定するわけではありませんが、建築について考えるときには、一様な正解を追求する工学的なアプローチだけではなく、さまざまな魅力ある答えを導き出すこと、そして、自分なりの答えにたどり着くことが大切だと思っています」
そう語るのは、大同大学建築学部建築学科の武藤 隆先生。芸術大学美術学部の建築科を卒業した後、世界的にも有名な建築家である安藤忠雄氏のもと、安藤忠雄建築研究所で活躍してきた武藤先生。住宅などの一般的な建築物だけでなく、美術館や博物館の設計、芸術祭やギャラリーなどの展示空間の会場構成などを数多く手掛けてきた、豊富な経験を持つ建築家です。武藤先生は、建築家としての自身の経験のなかで「たくさんの答えを導き出せる、多様な価値観の重要性」を痛感してきたそう。そのため指導者となった現在は、学生たちの自主性を育てながら、柔軟な発想を引き出せるように心がけていると言います。建築学を工学のひとつと位置づけ、工学部の中に建築学科を配す大学が多いなか、大同大学は2024年、工学部とは独立した立ち位置で建築学部を新設。これも大同大学の建築学部が、自由な発想で独創的な提案ができる人材を育成するという意思の現れです。学生たちは武藤先生たちのもと、柔軟な発想で自分なりの答えを導き出す力を養っています。
武藤先生の教育方針を象徴するひとつの例が、ゼミ室で使用する自分のイス選び「それぞれの椅子」です。武藤研究室に配属された学生が最初に取り組む、毎年恒例の課題です。学生たちは一人ひとり、設定された予算内で自分が1年間ゼミ室で座るイスを選びます。予算以外はすべて自由。機能性やコストパフォーマンスを重視して量販品を購入する学生もいれば、オークションサイトやフリマアプリなどを駆使して、自分が気に入ったアンティークのデザイナーチェアを探し出してくる学生、過去には木材や材料を買い込んでオリジナルチェアを自作した学生もいると言います。
「建築に正解がないのと同様に、この課題にも一様な正解はありません。さらに、最初は快適だったが想定していたよりも経年劣化が激しかったなど、正解だと思えていた選択が変わってくることもあるかもしれません。学生たちにはこうした経験を通して、多様な価値観でものごとを判断できる力を養ってほしいと願っています」また、武藤研究室では、先生が過去に実際に設計に携わった建築物を見学するなど、実物を確認する機会を豊富に用意。どうしても模型や図面を使った学習が中心になってしまう建築学において、実寸大の建築物にふれる機会はとても貴重だと武藤先生。学生のうちにたくさんの本物にふれ、どんどん感性を磨いてほしいと言います。
卒業設計は大学での学びの集大成。武藤研究室の学生たちはこれまで学んできた知識や経験を総動員して、それぞれが自由にテーマを選定し、卒業設計に取り組みます。コンサートホールの設計や、木材や森林の有効活用、地元の地域活性化など、毎年バラエティに富んだテーマの卒業制作が生まれています。武藤先生は学生たちに親身になって寄り添い、アドバイスやヒントを与えていきますが、どんなときも答えを教えることは絶対にせず、学生がとことん悩み抜いて自分の理想を追求できるようにサポートします。
「社会に出て実際に仕事として取り組む建築と違い、大学で学ぶ建築ではコストや時間の制約についてあまり重要視しないところがあります。社会では『どんなに良い設計を思いついても、予算や工期などが優先されて採用されない』ということも日常茶飯事。しかし、最初からコストや時間ばかりに囚われ、無難な設計ばかりしていては自分自身もこれからの建築業界も進歩していきません。だからこそ私は、大学のうちに自分の理想を追求する姿勢をしっかりと育んでほしいと考えています」
自由な環境のなかで、自身と向き合いながら悩み抜いて取り組んだ卒業設計の経験は、学生たちの大きな糧となり、これからの建築業界を進化させていく原動力になるでしょう。