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NEWS

2026.08.25 学生の活躍 総合情報学科

卒業生インタビュー「ハンドボールの先に見つけた、自分らしい道」/佐藤快さん


インタビューの様子

「自分の可能性を信じて挑戦してほしい」

ハンドボール選手からスペイン留学を経て指導者へ。佐藤快さんが語る、自分らしい道の見つけ方

大学卒業後、日本国内最高峰のハンドボールリーグ「リーグH」所属の大同特殊鋼 Phenix TOKAIで選手として活躍し、現在は同チームのコーチを務める佐藤快さん。学生時代の度重なる怪我、社会人選手としての葛藤、そしてスペイン・バルセロナへの挑戦を経て、指導者として新たなキャリアを歩み始めました。その経験から得た学びや、後輩たちへの想いについて伺いました。

Q.ハンドボール部は日本一を目標に活動している強化クラブですので、練習も厳しく学業との両立は大変だったかと思います。学業とハンドボールはどのように両立していました?

勉強は正直得意ではなく、テスト前に徹夜することもありました。でも授業にはきちんと出席し、大学生としての責任は果たそうと考えていました。

ハンドボールが「やりたいこと」なら、学業は「やらなければならないこと」。その中で、小テストや先生とのコミュニケーションを大切にしながら両立していました。この経験を通して、時間の使い方や優先順位の付け方を学べたと思います。

Q.学生時代の選手生活で、特に印象に残っている経験は何ですか?

一番大きかったのは怪我ですね。高校時代から肩の脱臼を繰り返していて、大学でも思うようにプレーできない時期が続きました。

ただ、不思議と「もうダメだ」とは思わなかったです。プレーできなくてもチームに貢献する方法はありますし、怪我している部位以外にトレーニングできる部分もある。怪我をした時は、その状況の中で自分にできることは何かを考え、とにかくやれることをやろうとしていました。

もう一つ印象に残っているのはキャプテンとして過ごした4年生の一年間です。この一年は怪我をしている時期より苦しかったですね。当時は、「勝つためにはこのやり方しかない」と考えていて、自分の価値観をチーム全員に求めていました。その結果、メンバーとの間に摩擦が生まれました。今振り返ると、伝え方やチームの導き方にはもっと別の方法があったと思いますし、自分自身も未熟だったと感じています。

Q.その経験は現在の指導にも生きていますか?

すごく生きています。
当時の経験があったからこそ、今の指導者としての考え方につながっていると思います。

学生時代は「みんな同じ道を通るべきだ」と考えていましたが、社会人になってからはそうではないと気づきました。目指すゴールが同じでも、そこへ向かう方法は人それぞれです。また、競技と学業を両立する中で、限られた時間で優先順位を考え、やるべきことをやり切る習慣も身につきました。

今コーチとして選手と接するときも、自分の考えを押しつけるのではなく、その選手の個性をどう伸ばすかを意識しています。選手によってかける言葉も変わりますし、必要なアプローチも違います。

目標から逆算して必要なことをやり切ること、そして相手の個性に合わせて導くこと。その大切さは、学生時代の経験を通して学びました。

Q.社会人選手になって感じた学生時代との違いは何でしたか?

一番は時間の使い方です。
学生時代は比較的自分の時間を自由に使えましたが、社会人になると朝から仕事をして、夕方から練習、そして場合によっては練習後に再び仕事をする生活でした。

最初は本当に大変でしたね。ただ、その中で学んだのは人とのつながりの大切さです。試合や遠征で職場を離れることも多かったので、自分一人では到底やっていけません。周囲と信頼関係を築き、支えてもらうことの重要性を実感しました。

選手としてだけでなく、人として成長できた時間だったと思います。

Q.現役引退後、なぜ指導者の道を選んだのですか?

もともと人に伝えることが好きだったんです。父が指導者だったことも影響していると思います。
現役後半になると、「勝つため」だけではなく、「ハンドボールそのものが好きだから続けていたんだ」と改めて気づいた時期がありました。
その頃から、自分が経験してきたことを次の世代へ伝えたいと思うようになりました。選手として学んだことを還元するには、指導者という立場が一番合っていると感じたんです。

Q.指導を学ぶ場として、なぜスペインを選んだのでしょうか?

海外で学びたいという思いがありました。

日本を否定するわけではありませんが、コーチングや育成の考え方については海外から学べることが多いと感じていました。これから子どもたちを指導するなら、多様な価値観に触れておく必要があるとも思ったんです。

スペインを選んだのは、ハンドボール大国であることに加え、「判断」を重視するスタイルに魅力を感じていたからです。
語学もコネクションも十分ではない状態で飛び込みましたが、結果的にFCバルセロナの育成現場に関わる機会を得ることができました。

 

ヨーロッパでのハンドボール観戦の様子。スタジアムを観客が埋め尽くしている

Q.スペインで最も印象に残った学びは何ですか?

「正解は一つではない」ということです。

渡航前は、「強いチームには必ず正解の戦術がある」と思っていました。ところが現地の指導者たちは、「どんな選手がいて、その選手たちの個性をどう生かすかが大切なんだ」と口をそろえて言うんです。

また、コーチにもさまざまなタイプがいました。厳しく指導する人もいれば、徹底して褒める人もいる。でも全員が「何のために指導するのか」という目的を明確に持っていて、それぞれの個性を発揮していました。

強い組織とは、全員が同じであることではなく、多様な個性が力を発揮できる組織なのだと学びました。

 

FCバルセロナ育成チームとの集合写真。佐藤さんは写真左


Q.現在のコーチとしての目標を教えてください。

大同特殊鋼を強くすることはもちろんですが、それだけではありません。

将来的には、海外で学んだことを生かして、日本全体のハンドボールのレベル向上に貢献したいと思っています。バルセロナの指導者を招いたキャンプの実施や、海外への挑戦を後押しする仕組みづくりにも取り組みたいです。

いつか、自分が関わった選手が世界最高峰の舞台で活躍する姿を見たいですね。

Q.最後に、後輩たちへメッセージをお願いします。

学生時代は、自分の可能性を広げることができる貴重な時間です。だからこそ、「自分には無理だ」と決めつけずに、いろいろなことに挑戦してほしいと思います。海外でも、部活動でも、アルバイトでも、何でも構いません。

大切なのは、「自分は何がしたいのか」を考え続けることです。周りと比べる必要はありません。自分にしかできないこと、自分だからこそ発揮できる価値は必ずあります。

ぜひ大学生活の中で多くの経験を積み、自分自身の可能性を信じて挑戦してください。その挑戦が、将来の自分をつくってくれるはずです。

 

FCバルセロナのスタッフウェア姿の佐藤さん

プロフィール
佐藤 快さん

2018年度 情報学部 総合情報学科 卒業。在学時は、男子ハンドボール部の主将として活躍。卒業後は、大同特殊鋼 Phenix TOKAIでプレー。度重なる怪我を乗り越えながら社会人選手として活躍。28歳で現役を引退後、スペイン・バルセロナへ渡りFCバルセロナ育成部門でコーチングを学ぶ。帰国後は大同特殊鋼ハンドボール部コーチに就任し、選手育成と競技力向上に取り組んでいる。父は本学男子ハンドボール部監督の佐藤壮一郎教授(総合情報学科)

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